IT商社の再建

 

再建に着手したとき、販売情報が決定的に不足していた

「一カ月かかってもいいから、伝票を繰って調べるように!」 筆者が「販売データ」と深く付き合うきっかけになった一言です。

あるIT系商社で、新事業への大きな投資が原因で経営が危うくなったときに、メインバンクから送り込まれた経営陣による、最初の営業会議でのことでした。

もう30年近くも前、まだ「BIツール」という言葉もなかった頃のことです。

当時は「商品別の合計売上」、「顧客別の合計売上」という実績表はありましたが、「どこに、何が、どれだけ売れているのかという推移」が分る資料がなかったのです。

その後、問題となった新事業は売却され、新経営陣による「本業の立て直し」が進められた結果、後に東証2部への上場を果たすに至ったのです。

その間筆者は、営業部員に対するPCやネットワーク機器の商品知識教育と、販売データ集計ソフトの作成・分析を担当し、やがてこの2つを主業務として独立することになりました。

そして今思うことは、このときの経験がデータ活用について一つのことを学ばせてくれたのだということです。それは「戦略に沿ったデータ活用」でした。 新経営陣は「IT業界」の知識は少なかったかも知れませんが、戦略展開の手順を周知していて、それに沿ってデータを加工・分析し、次々に施策を打ち出し、実行していったのです。

では、具体的にそれをどのように進めていったのか、当時を振り返りながら述べてみようと思います。 (以後、このIT商社を「当社」と表現します)

なお、この事例はかなり前の時期のものですが、その戦略の展開や販売情報の利用に対する基本的な考え方は、現在発信されている様々な関連資料に照らしてみても十分に通用するものです。  

新経営陣が最初に必要とした販売情報とその分析内容
  •  最初に利用したのは、顧客と仕入先(製造メーカー)ごとの販売推移一覧表
  • 次に求められたのは、重要顧客・仕入先ごとの詳細な商品別販売内訳
  • そして経営陣が関心を持った個別商品(群)ごとの、顧客別販売状況一覧表

これらの情報と社内のヒアリングから経営陣は、当社の販売の現状とその特徴を次のように整理したようです。

  •  当社の営業形態は「プル (Pull) 販売」の傾向がかなり強い
  • 当社の財産は全国に存在する卸先 (商社・販売店) と、豊富な仕入先である

そして重要顧客と重要仕入先が選定され、さらにその販売実績の内訳を詳しく調べていったのです。 そのために要求された情報は、「いつ、何が、どこに、いくつ売れて、売上と利益はいくらか」ということと、その「推移」でした。  

このニーズに対応するために、データ集計用のPCシステムに過去3年分の売上伝票1行1行の販売データを保存することから始めました。

いろいろな種類・形式の集計要求に応えるためには、この基本的なデータの利用が必要だったのです。

当時はまだ大容量の記録媒体が少なく、米国から「2GBの光ディスク装置」を取り寄せましたが、これによって「この商品(群)がどの顧客にどれくらい売れたか」という、3年間の月別集計が可能になりました。

そしてこれらのデータは、その後の様々な施策検討の材料として利用されましたが、施策検討の背景には「一つの戦略展開の流れ」がありました。  

再建策の背景に「挽回の戦略ステップ」があった

「戦略とは何か」ということについては様々な言い方がされていますが、本書では「勝つための行動を決めること」と位置付けています。

また、戦略には昔から優れた理論が数多く発表されています。そのいくつかは別の機会に触れていく予定ですが、ここでは、筆者が感じた「新経営陣の行動の背景にあったと思われる戦略」とともに、そのとき取った施策を紹介していきたいと思います。

  まず、戦略の基本的な流れは、  守りに集中しながら、反転・攻勢のための布石を打ち、そして攻勢にチャレンジ ということでした。

そして打ち出された施策の背景には、前述した  当社の主な営業形態はプル販売であり、財産は豊富な顧客群と仕入先である という判断があったと思われます。  

「守り」への集中

  • 重要顧客・仕入先を設定して、それに対するトップセールス、深化工作に注力した。
  • 当社仕入部門と企画部門の担当者がペアを組んで各仕入先に対応し、拡売策や仕入条件の相談・交渉にあたるように仕組みを変更し、企画部門は営業に対する販売サポートも担当した。
  • 営業現場から、商材の機能や価格などに対する市場や顧客の意見・要望を月報として報告させ、それを当社仕入・企画部門と仕入先とで検討して、すべての項目に対して何らかの回答や情報提供を用意するようルール化した。
  • そしてこの結果はトップを含めた会議による議論を経て、「営業推進月報」として営業部門にフィードバックされた。

これらはいずれも「仕入先⇔当社⇔顧客」間の商品の流れと、コミュニケーションの円滑化につながるものでした。

「反転・攻勢」のための布石

  • メインバンク系列の大手商社の支援を仰ぎ、当時米国No1、No2のPCメーカーの代理権を獲得し、併せて当社内に技術サポートチームを設置して販売準備を始めた。
  • ほとんどの経費予算が縮小された中で、2,000万円の「教育費」が新設され、200余名の全営業パーソンに対するITの基礎教育を開始した。(1チーム10~15名、8泊9日)
  • 続いて重要仕入先を講師とする「商品知識研修(4泊5日)」を実施し、商品知識と仕入先との関係の強化を図った。
  • さらに普及が始まりつつあったネットワーク機器について、営業部署ごとに1名以上の「製品取扱者」資格を取らせるべく、基礎と受験対策の研修を行った。

  この一連の研修では、商品知識もさることながら、第一線の営業担当者同士、および営業と仕入先の担当者同士のつながりができたことも、受講者にとって大きな収穫だったようです。  

「攻勢」へのチャレンジ

  • 前項冒頭に述べた新商材を含め、実績上位の商材に対して全社一丸となっての販売攻勢を展開した。
  • ネットワークを含むシステム受注を拡大するべく、営業と技術サポート部門の同行営業を強化した
  • 売上が同規模の営業部署2部署を組み合わせて互いに競わせる「一騎討ちキャンペーン」を展開。「競争する営業」を主導した。

    以上の戦略展開の内に当社の業績は回復に向かい、やがてメインバンク派遣の経営陣は引き揚げることになりましたが、この間の経営が後の東証2部上場の土台となったのだと思われます。  

施策展開の中で販売データはどのように使われたか

前述①、②の活動の中でトップからは、都度訪問予定顧客の販売内容のデータを求められ、また仕入先との打ち合わせにあたっては、そこから仕入れている商品の販売状況のレポートが要求されました。

また、当社仕入・企画部門と仕入先との打ち合わせにあたっては、個別商品の顧客別販売推移や利益率の変動を確認しながら拡売策や仕入計画が検討されました。

そして「課題」として設定された顧客や商品(群)については、毎月の実績が「ウオッチ」され、必要に応じてトップ主導による拡販会議とトップセールスが展開されたのです。  

以上「企業の再建」をテーマに販売データ活用のシーンを見てきましたが、経営の中でのデータの利用は、全体の活動のごく一部でしかありません。 しかしながら販売データは、「拡販施策検討の基礎資料」として、また「何かアクションを起こした時の成否の検証手段」として欠かせないものとなります。

従って販売データを活用するためには、「常に最新のデータが蓄積されていて、必要な時にいつでも利用でき」、「全社の合計実績から個別商品・顧客レベルまでの集計が簡単にできる」システムがまず必要になるのです。  

もうひとつこのエピソードから、データ活用を成功に導く大きな要素を見出すことができます。それは、「販売の現状を改善したいという強い意思」のもとに販売データが利用されたということです。

冒頭の、「一カ月かかってもいいから…」には、まさにその意思が表れているといっていいでしょう。 そしてこの意思が経営のトップから発信されるとき、それはデータ活用を成功させる、ひいては業績向上の大きな推進力になると思われるのです。

  さてここまでは、最も厳しく業績向上(回復)が求められる「企業の再建」を例に、データ利用の姿を見てきました。そしてこの事例から20数年が経ち、データ活用の方式・技術も大きく進歩してきました。

そこで次項からは、BI、データマイニング、ビッグデータなど、現在のデータ利用の方式やB2B・B2Cビジネスとの関係など、データ利用の環境全体を一度整理してから、改めてB2Bビジネスのデータ活用について述べていくことにします。